「箱根の山は天下の険 函谷関も物ならず」
「入鉄砲に出女」
などの言葉も有名。
しかし去年来たとき(工事中と言う事もあったのだが)あまりの内容に今年は来るつもりがなかったのだが、「ふれあいの森」の券に付属で付いていたのと、工事が終わって良くなったと、「ふれあいの森」人が言っていたし、帰り道の途中なので寄ってみた。

最初、駐車場の関係で「箱根関所跡」の裏手に当たる「公園中央門」側に降り立つ。

そのまま降りていくと「箱根関所資料館」
内部は去年見たので、今年は入らなかった。

関所のメイン側。
こちらも去年見たので入らなかった。

見張り櫓側に入ると、「休息所」という建物。

説明の立て札
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唱歌『箱根八里』で「箱根の山は天下の険 函谷関も物ならず」と詠われた箱根峠の山道は、東海道の要衝であった。
峠道の開設
律令時代に設けられた当初の東海道は箱根峠ではなく、箱根山北方の足柄峠を経由した。しかし、富士山の延暦噴火(800年-802年)のために通行が困難になったため、新たに箱根峠の街道が開かれた。その後足柄峠のルートも再開通したため、二つの街道が並存した。
江戸時代
江戸時代になると、江戸幕府の五街道整備において、距離の短い箱根峠ルートが重視された。芦ノ湖畔には箱根の関が設けられ、幕府防衛のための関と位置付けられた。「入鉄砲に出女」つまり、江戸に侵入する鉄砲と江戸から逃げる女(江戸屋敷に住むことを義務付けられた大名の妻)を厳重に監視した。
明治維新以後
1869年(明治2年)に関所は廃止され、自由に行き来することが可能になった。道路の東海道である国道1号は、箱根峠を経由する路線になっており、小田原から箱根峠までの路線には箱根新道が建設されている。



